妻と子供が励みに!? 中日・大野雄大の意外な素顔がわかる7つの物語


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妻・美優奈さんとの春季キャンプのエピソードとは。
2017年オフシーズンには、地元・京都で奥さんの出産があったという大野雄大投手。
今では、一番のモチベーションは家族なのかもしれません。

 

大野投手が抱いていたという “メジャーリーグへの夢” とは。
エースと言われるまで成長した大野投手でしたが、意外なところでその夢を断念するきっかけがありました。

今回は、大野雄大投手の意外な素顔を『7つの物語』と題して紐解いていきます。

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意外な職業に憧れた!?大野雄大の幼少時代のエピソード


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母親の女手一つで育った大野雄大投手は、姉との二人兄弟。
そんな大野投手が、今でも覚えているという母とのエピソードがあります。

 

それは、母親が聞いていた音楽のこと。
大野投手の母はずっと『ドリカム』と『宇多田ヒカルさん』が好きだったのだそうで、車の中ではいつもその曲が流れていたのだといいます。
子供の頃には、その歌詞の意味はわからなかったのだと言っていた大野投手。
しかし、その歌詞は大人になった今でも、ほとんど覚えているのだそうです。

 

そんな大野投手には、子供の頃に憧れていた職業があるのだそう。
大野投手はあるインタビューで「もしプロ野球選手になっていなかったら」という質問に対して、「消防士」と答えていたことがありました。
その理由は、「人の命を救うことのできる職業でかっこいい」から。

 

小学生の頃って、『プロ野球選手になりたい』とか、今では『ユーチューバーになりたい』ということも聞きますが、多くの子供は『楽しい』のような自分のことを考えるのが普通だと思います。
しかし、大野投手が消防士に憧れた「人の命を救うことのできる」というのは自分ではなくて、他の人のことを考えている発言です。
大野投手は穏やかな人柄で、話しているのを聞いていると、人のモノマネをして場を和ませたり気配り上手。
そういう、周りの人を喜ばせる資質を子供の頃から持っていたのかもしれません。

 

子供の頃から持つ大野雄大の “意外な記録” とは


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そんな大野投手は、子供時代から “ある意外な記録” を持っています。
それは、子供の頃から人生で一度もホームランを打ったことがないこと。

 

プロ野球選手になるような人って、ピッチャーであっても少年野球では4番を打っていたりバッティングも得意だったということが少なくないです。
しかし、その少年野球でも大野投手は9番を打っていて、ホームランを打ったことがないのだそう。
ランニングホームランはあるそうですが、柵を超えたホームランは一度もないのだと話していました。

今でもドラゴンズのバッティング練習の時間がピッチャーの大野投手にもあるのだそうですが、バッティング練習の時間は見ていることの方が多いのだそうです。

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ストレートな性格!?大野雄大のボールが早くなった大学時代のエピソード


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大野投手のピッチングスタイルの特徴は、まっすぐのボールで押していくこと。
強気で投げている姿は、大野投手の魅力の一つです。
しかし、京都外大西高校時代は3番手ピッチャーで、そのストレートが速くなったのは大学時代でした。

 

筋力トレーニングでボールの力が強くなったというピッチャーがは多いと思いますが、トレーニングはしていなかったのだという大野投手。
大野投手がしていた練習は、キャッチャーに座ってもらって、ひたすら投げ込むというもの。

 

大野投手が佛教大学の2枚看板エースとして活躍していた大学時代、もう一人のエースだった選手とボールの速さをいつも競っていたのだといいます。
その競争心で試合ごとに「自分は何キロでた」と競争しながら、試合ごとに1キロずつ上がっていったこともあったのだと話していました。

 

カーブが投げられない!?大野雄大の不器用エピソード


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大野投手は『カーブを覚えればもっとピッチングの幅が広がって、もっと勝てる』と言われていたことがありました。
そういうこともあって、ドラゴンズに入団してから7年連続でカーブに挑戦していたのだという大野投手。
それでも習得できなかったのだそうで、「覚えられないので諦めています」と言っていました。

 

大野投手曰く、プロのピッチャーが新しい変化球に挑戦できるのは、秋季キャンプと春季キャンプの時期。
シーズン中は、キャッチボールのときに投げてみるということはあるものの、ブルペンで本格的に投げる余裕はないのだといいます。

 

「カーブは器用なピッチャーしか投げられない」と言っていた大野投手。
大野投手は、自分自身が不器用であるということも話していました。

 

アリゾナで諦めた!?大野雄大が抱いたメジャーへの夢


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そんな大野投手は何年か前、メジャーリーグへの夢を抱いていた時期があったのだといいます。
しかし、今ではその夢はないのだそう。諦めたきっかけがあるのだそうです。

 

それは、2017年の1月にアリゾナで行なっていた自主トレでのこと。
入国手続きや向こうでの生活をしている中で「こんなに不便なのか」と思ったのだという大野投手。
大野投手はそういう大変さがストレスになってしまう性格なのだそうで、「難しいかな」と日本でやっていくことを再確認したのだそうです。

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『早くプロへ行きたかった』大野雄大の招待活動とは


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大野投手を知るうえで欠かせないのが、『ひとり親家族の招待活動』
自身も母親に女手一つで育ててもらった人で、2017年から2年連続で毎月1回、合計60組の親子を招待しています。

 

大野投手は佛教大学からドラゴンズに入団しています。
しかし、京都外大西高校時代にも阪神、巨人、ソフトバンクのスカウトの人が見に来ていたそうで、『下位指名ももしかしたらあるかもしれない』と言われていたのだといいます。
それでも当時指導してもらっていた高校の監督から「お前は大学進学だ」と一番伸びる進み方を伝えられて、高卒ドラフト指名は断念。

 

大野投手が高校から早くプロへ進みたかった理由は、『母親を楽にさせるため』
母が女手一つで育ててくれた選手の多くがそういうことを話していますが、子供に野球を続けさせるのには多くの費用がかかります。
そういうところで大野投手も『母のために』という想いがあったのかもしれません。

 

(平田良介選手が力を入れる家族サービスとは!?)

 

妻と子供が励みに!?大野雄大の “20メートル” から始まったプロ野球人生


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2012年11月26日に婚姻届を提出した大野投手。
相手は佛教大学時代に知り合った美優奈さんで、大学3年生の頃から一緒にいた人なのだといいます。
そんな奥さんとの、あるエピソードがあります。

 

それは、大野投手がプロに入った最初の春季キャンプでのこと。
大野投手の母が、美優奈さんと一緒に春季キャンプを見学に来ていたことが。
当時の大野投手は怪我をしていて、ボールを20メートルしか投げられてなかった時期で、不安でいっぱいだったときなのだといいます。

 

2017年オフには、奥さんが京都で出産もあった大野投手。
2018年は1回も勝てなかったり、再び苦難を迎えている大野投手ですが、再び家族が励みになっているのかもしれません。

 

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