楽天・銀次がわかる7つの物語 | 本名と妻&子供の意外な関係とは


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銀次選手と三人の子供、そして奥さんの “名前” の意外な関係とは。
三人に『虎次郎』など、古風で素敵な名前をつけている銀次選手。
プロ野球選手として、子供達に抱く想いがありました。

 

そんな銀次選手が子供の頃から抱いていた “沿岸魂” とは。
2013年には初めての日本一を経験。今でも活躍を続ける銀次選手ですが、プロ入り5年間はほとんど出場はありませんでした。
しかし、その状況を切り開いたのが “沿岸魂” だったのかもしれません。

今回は、銀次選手を『7つの物語』と題して、紐解いていきます。

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本名は!?自然の中で育った銀次の幼少時代


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銀次選手が生まれたのは、岩手県普代村。岩手県盛岡市から車で約2時間半の場所にある、人口3000人の小さな港町です。
銀次選手は、「毎日海に行ってました」と言っていて、学校の放課後には海へ行って釣りをしたり、泳いだり。
豊かな自然の中で、外で遊んで育ったのだそうです。

 

そんな銀次選手は名前が特徴でもあります。
祖父の畠山保男さんは、『銀次』という名前は、名前をつけた当時に漫画で『銀次』という名前の主人公がいたのだといいます。

 

ほとんどの選手が登録名を苗字を含めている中、『銀次』という名前で登録している銀次選手。
本名は『赤見内銀次』という名前なのだといいます。
登録名をこのようにしているのは、『銀次』という名前は特徴的で覚えやすいですし、渋くてかっこいい名前ということもあるのでしょうか。

そして、この自身の名前は、子供達にも影響を与えていきます。

 

素振りを習慣に!?銀次のプロ野球へ抱いていた想いとは


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銀次選手が野球を始めたのが、小学2年生の頃。
村に一つしかない普代村スポーツ少年団へ入団しています。

 

そんな銀次選手は、当時から「プロ野球選手になりたい」というのは周りに言っていたのだといいます。
しかし、「正直自分の中では、こんなど田舎からなれるわけないだろう」という想いがあったのだと振り返っていました。
自宅では巨人戦だけは放送していて、高橋由伸さんが好きで真似をしていたという銀次選手ですが、プロ野球という世界は無縁だと思っていたのだそうです。

 

それでも野球に夢中になっていた銀次選手は、学校から帰ってくると、家の中に入る前に必ず素振りを100回するという習慣を作っていたのだといいます。
遊びに行くときにも、必ずバットとグローブを持っていたという銀次選手。
そういう努力が重なっていき、村の中で銀次選手は頭一つ抜きでた存在になっていったのだそうです。

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ライバルは “内陸の人” !?銀次の “沿岸魂” とは


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そんな銀次選手は、沿岸部の町が出身ということで、抱いていた気持ちがあったのだといいます。
それは、”沿岸魂” いうもの。
「内陸の都会の選手たちには負けないぞ」という想いがあったのだそうです。

 

中学校では地元の普代村中学校へ進学した銀次選手。
3年生の頃には、初めて岩手県選抜に選出。そこでも盛岡の選手には負けたくないという気持ちを持って、練習していたのだと言っていました。
こういう強い気持ちを持っているのも銀次選手の特徴ですが、その人一倍の練習で大会でもチームの中心選手として活躍をしていったのだそうです。

 

雪の中で鍛えた高校時代


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中学まで地元で進学していた銀次選手でしたが、高校進学では甲子園を目指して、普代村を離れて盛岡中央高等学校へ。
東北の高校の多くではそうですが、冬にはグラウンドに雪が降り積もります。なので、外でノックを受けたり地面にボールがつく練習はできないのだそう。
1年生の頃からレギュラーをつかんだ銀次選手でしたが、冬の間は雪の上を走りこむなど多くの時間を足腰を鍛えるために使ったのだそうです。

 

当時の銀次選手がどんな選手だったのかがわかるエピソードがあります。
それは恩師の佐々木大介監督の発言。佐々木監督は、銀次選手のことを「よそ見していたらいつのまにか塁にでいていた選手」と表現していて、電光掲示板の一球目のランプがつく前に打って塁に出ているようなバッターだったのだそうです。

 

そんな銀次選手は、最後の夏の大会で7割を超える打率を記録。
相手ピッチャーは投げるボールがなかったというほどのバッティングセンスだったという銀次選手。
しかし、甲子園に出場することは叶わず、それでもプロへの志望届は提出していったのだそうです。

 

(田中将大投手と里田まいさんのニューヨーク生活がわかる記事はこちらから読めます。)

 

苦労のプロ5年間!?銀次の転機とは


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それからドラフト会議で指名された銀次選手。
しかし、甲子園に出場したことがなかったこともあり、初めは「本当にプロに行っていいのか」という迷いがあったのだといいます。
プロへ入ると、「これは厳しいなと思った」というほどのレベルの違いに戸惑うことも。
銀次選手は、気持ちが折れるほど、そのレベルの違いに苦しんだと話していました。

 

それを表すように、5年間はほとんど出場はなし。
毎日苦しい練習をして、それでも試合には出られないという葛藤も。

 

それでもある時から、銀次選手は次第に「野球人生ってかなり短い」ということを思い始めたのだといいます。
それから本気で練習してみようと決意。それからより一層練習に取り組んだのだそうです。

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練習量はチーム1!?銀次が引っ張った “決意の日本一”


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そんなときに重なったのが、2011年のこと。
銀次選手がオープン戦をしている中でのことでした。

 

銀次選手は個人で色々な物資を集めて届けるなど、個人としてもプロ野球選手としても活動。
「遊んでいた砂浜も違っていた」と寂しい思いもあったという銀次選手。
そこからは「俺が活躍して元気付ける」という想いを持って、一層バットを振り続けたのだと言っていました。

 

それから次第に、2011年に22試合、翌年は126試合に出場してレギュラーに定着。
2013年には131試合に出場してチーム最高打率を記録するなど、チームの中心選手へ成長。
この年に実現したチーム初の日本シリーズ制覇への原動力となっていきました。

 

この日本シリーズは田中将大投手が主役のようなシリーズでしたが、打つ方で打線を引っ張っていたのが銀次選手。
僕もこの年の日本シリーズは7試合テレビで見ていましたが、最後まで感動的なシリーズでした。
この年には銀次選手のような想いを持って、成長した選手は少なくないのではないでしょうか。

 

銀次を支える家族!銀次の本名と三人の子供の名前の意外な関係とは


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そんな銀次選手の大活躍を支えていたのが、2012年11月22日に婚姻届を提出した妻の夏子さん。5歳年上の奥さんです。
ゲンを担ぐことが多いという銀次選手に配慮をしながらの食事で栄養管理で支えたのだといいます。

 

優勝した2013年には長男が誕生。それからも2015年に次男、2017年に長女が誕生しています。
その子供達の特徴が、その名前です。
長男が虎次郎、次男が桃次郎、そして長女が小夏。
三人とも古風で素敵な名前ですが、どの名前にも両親の名前から一文字とっているのがわかります。

 

2人の男の子は銀次選手の『次』女の子は夏子さんの『夏』が使われています。
桃次郎という名前は、銀次選手が小学2年生から大好きな映画「トラック野郎」の主人公でもあるのだというので、その名前の特徴は銀次選手のものと似ています。
銀次選手は、子供が物心着くまで、野球選手で活躍していたことを覚えてくれる年齢まで第一線で頑張りたいということを話していました。

 

(僕がこっそりイーグルスを応援する理由!オーナーの三木谷浩史さんと楽天初優勝の物語はこちらから読めます。)

 

(面白い!意外!感動!プロ野球選手たちの生き方を紹介してます↓↓)

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