西川遥輝の性格を紐解く15の物語 | 彼女と結婚は30歳までに!?
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西川遥輝選手が “魅力を感じる人” とは。
「30歳ぐらいまでに結婚をしたい」と語った西川選手。目標を “家づくり” に例えてさらなる成長を遂げていきます。
西川選手が憧れた “メジャーリーグの夢” とは、一体どういうものでしょうか。
大谷翔平選手の送り迎えもしていた西川選手。ファイターズでの活躍のその先にはさらなる夢があるのかもしれません。
今回は、西川遥輝選手の性格を『15の物語』と題して紐解いていきます。
目次
- 1 西川遥輝が “湿度王子” と言われる自宅エピソードとは
- 2 西川遥輝の “休日のこだわりエピソード”
- 3 ファンも認めるチーム屈指のイケメンエピソード
- 4 西川遥輝の “好きな女性のタイプ” とは
- 5 『野球について言われても良い』西川遥輝が魅力を感じる人とは
- 6 発起人だった!?西川遥輝が憧れる意外な人とは
- 7 勇翔寮エピソードでわかる西川遥輝の性格とは
- 8 寮“大谷翔平を送り迎え”!? 西川遥輝の先輩後輩エピソード
- 9 アンバサダー・西川遥輝の好きな食べ物とは
- 10 あの “サヨナラホームラン” をもう一度
- 11 『余韻に浸る』西川遥輝の “睡眠事情” とは
- 12 『あのことやろ』西川遥輝と母親のエピソード
- 13 『目をドルに変えて』西川遥輝の年俸事情とは
- 14 西川遥輝の性格がわかる『家づくり』
- 15 全盛期だった!? 西川遥輝が憧れたメジャーリーグの夢
西川遥輝が “湿度王子” と言われる自宅エピソードとは
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西川遥輝選手の周りの人は、西川選手のことを “こだわりの強い人” と語っています。
先日、西川選手はある番組で “湿度王子” と言われていました。
その理由は、西川選手が “乾燥肌” ということにあるのだといいます。
自宅には加湿器が3台も置いてあり、常に湿度が70%ぐらいに保たれているという西川選手。
あるチームメイトの話では、加湿器の湿度表記が100%になっていたことがあったそうで、床が水分でびちゃびちゃになっていたのだと話していました。
それくらい乾燥肌のケアをしている西川選手。肌のケアも入念にしているのだといいます。
“身体が強くないからケアをしないと” と顔はもちろん全身にクリームを塗り込んでいると番組で語っていました。
ファイターズが本拠地を置くのは、北海道札幌市。
寒い地域で余計に乾燥するのかもしれません。
僕は以前フィンランドに留学していましたが、その気温は札幌に似ていました。
寒い地域なので夏以外は暖房は常にオンになっていて、部屋中が乾燥状態。
西川選手には他にも服のたたみ方やハンガーの間隔にもこだわりがあったり、生活面でもこだわりを強く持っている人。
西川選手はこういうこだわりを持って練習しているから、毎年着実にレベルアップしていくことができるのかもしれません。
(繊細でピッチャー性格の上沢直之投手がわかる記事はこちらから読めます。)
西川遥輝の “休日のこだわりエピソード”
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西川選手は休みの日はよくゴルフをするのだといいます。
北海道は良いゴルフ場がたくさんありますが、ファイターズの本拠地札幌ドームの周りにもあって選手たちもゴルフをする人は多いのかもしれません。
他にも髪を切りに行ったり、買い物に行ったりということが多いのだという西川選手。
リラクゼーションが好きでヘッドスパにも行くのだと話していました。
そんな休日を過ごすという西川選手ですが、休日は “必ず計画を立てて行動したい派” と語っています。
休みの日もきちんと計画を立てて充実させたいのだそう。
テレビもあまり見ないと言っていて、時間を無駄にせずに大切にしたい人柄なのかもしれません。
ファンも認めるチーム屈指のイケメンエピソード
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西川選手はファイターズの中でも屈指のイケメン選手。
それがわかるのが、毎年開催されている『彼氏にしたい選手権』です。
2017年まで中島選手が3連覇していましたが、2018年には西川選手が僅差で一位に。
この時期は3連覇をしていた中島選手が怪我で2軍生活中。
西川選手は「卓さんがちょうど怪我で2軍にいた時なのでラッキーでした」とコメント。
その様子を2軍のロビーで見ていたのだという中島選手。
怪我から1軍に復帰した時には、「遥輝おめでとう」と言ってくれたのだそうです。
それでも2019年の選手権では再び中島選手に奪還を許した西川選手。
来年はまた1位に返り咲くことができるのか注目です。
西川遥輝の “好きな女性のタイプ” とは
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西川選手は球界一女性ファンの多い選手の一人で、札幌ドームのガールズデイの応援は地鳴りのよう。
なので、イベントのトークショーやテレビ番組では “好きなタイプ” を聞かれることも少なくありません。
そんな西川選手の語っていたタイプは、
・トイレの蓋を締める人
・品がある人
・うるさい人より落ち着く人
・家事をするとき、気合いを入れるときに髪の毛を後ろに縛るしぐさが好き
ということを番組で語っていました。
そして、”30歳ぐらいまでに結婚をしたい” とも言っていた西川選手。
現在は27歳(2019年7月現在)なので、あと3年ということになります。
ファイターズの若手選手は、独身の人も多いです。
西川選手が慕う選手会長の中島卓也選手もその一人で現在は28歳。
(中島卓也選手の性格と私生活がわかる記事はこちらから読めます。)
『野球について言われても良い』西川遥輝が魅力を感じる人とは
そんな西川選手が別の番組で語っていた、『魅力を感じる人』
それは、『自分に厳しい人』なのだといいます。
「意識高くいて欲しいです」としっかりしている人に惹かれるのだそう。
西川選手自身が勤勉な人ということもあって、「切磋琢磨するような関係は良いと思います」
と話していました。
それも、野球について言われても良いということも西川選手は語っていて、それくらいしっかりした人の方が良いのだと語っていました。
発起人だった!?西川遥輝が憧れる意外な人とは
そんな強いこだわりがある西川選手ですが、“憧れの人” はいるのかとトークショーで聞かれていたことがありました。
西川選手の答えは、”安室奈美恵さん”。
西川選手は『アムラー』なのだそうで、それがわかるエピソードがあります。
それは、安室奈美恵さんが引退をした2018年9月16日。
札幌ドームでの入場曲にファイターズの選手が全員安室さんの曲を使っていたことがありました。
その発起人が西川選手。それぞれの打席でランダムに安室さんの曲が流れて、西川選手の打席では『Hope』でした。
勇翔寮エピソードでわかる西川遥輝の性格とは
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ファイターズは高卒の選手をドラフト会議で指名して “育成をする” という方針を強く持っているチームで、その選手教育は他のチームと比べても成果が著しいです。
そんなファイターズの勇翔寮では、本を読む習慣を身につけることや教育者への日誌提出があります。
その義務付けられている日誌では、入団2年目までは提出が必須で3年目以降は選手一人一人の自主性に任せられているのだといいます。
そこには西川選手のあるエピソードが。
それは、自主性に任せられるという3年目以降の日誌も西川選手はずっと提出してきたということ。
担当の人は、「西川はもともと、事細かくたくさん書く性分ではありませんが、一日やったことの反省点やそれを改善するための方策の記述が増して、同時に、”もっと活躍したい” という欲も、出てきています。」と語っていました。
そんな西川選手の性格は、ものすごく考え込むタイプ。
「いらんことまで考えて深みにハマる」そう。
買い物とかもなかなか決められないのだと話していました。
(西川選手たちと意見交換するという大田泰示選手の覚醒の理由がわかる記事はこちらから読めます。)
寮“大谷翔平を送り迎え”!? 西川遥輝の先輩後輩エピソード
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そんなファイターズ1軍の寮では、以前中島卓也選手が後輩選手たちを乗せて車で送り迎えをしていたということがありました。
ファイターズでは20歳までは車の免許を取れないのだといいます。
しかし、数年前にその中島選手が寮を出て、一人暮らしを開始。
そして、それを引き継いだのが西川選手。
それから大谷翔平選手をはじめ、後輩選手を送り迎え。
そんな西川選手が仲が良いのが、石川慎吾選手。
今はトレードで巨人へ行きましたが、自主トレを共にしていてまるで兄弟のよう。
プレーだけでなく人望も厚い西川選手。こういうところが慕われる理由なのかもしれません。
(西川選手をお兄ちゃんと慕う石川慎吾選手の記事はこちらから読めます。)
アンバサダー・西川遥輝の好きな食べ物とは
勇翔寮の選手教育は食事にも。
西川選手といえば日本ハムの「食とスポーツ応援アンバサダー」もしていて、子供達への野球教室で講師として食の大切さを講義することもあるくらい食事に気をつけている人でもあります。
食事ではいつも身体に良いものを食べるようにしているのだと話していたこともありました。
そんな西川選手が好きな食べ物は “納豆”。
毎日食べているのだそうで、遠征先のホテルでも食べているほどの好物なのだそうです。
あの “サヨナラホームラン” をもう一度
日頃からコンディションに気を使っている西川選手。
いくつもの名場面があります。
西川遥輝選手の名場面と言えばこのシーンなのではないでしょうか。
それは、2016年にファイターズが日本一になった2016年の日本シリーズ。
その5戦目の最終回のプレッシャーのかかる場面で打ったサヨナラ満塁ホームラン。
西川選手は “外野は超えたけどスタンドまで届くとは思わなかった” と振り返っていました。
この試合はファイターズとカープが2勝ずつで迎えた5戦目。
どちらが日本一に大手をかけるか、という大事な1戦でした。
この1戦をとったファイターズが勢いをつけてそのまま日本一に。
このホームランがなかったらカープが日本シリーズ制覇していた可能性も。
それだけ価値のあるホームランであり、西川選手のガッツポーズがそれを表していたのかもしれません。
『余韻に浸る』西川遥輝の “睡眠事情” とは
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あのサヨナラホームランを打った日は眠れなかったのだという西川選手。
普段はすぐ寝れる方だという西川選手ですが、興奮するようなバッティングをした日は眠れないのだといいます。
そういう日は余韻に浸るのだと話していたことがありました。
一方で、悔しいプレーをしたときほど早く寝ようと寝てしまうのだという西川選手。
色々考えてしまう時って、なかなか寝付けないものだと思います。
プロ野球選手のように結果を出さないといけないお仕事の場合は、毎度考えてしまいがちな人は睡眠が大変。
しかし、そういうときほどすぐに眠れてしまうというのは意外なことかもしれません。
『あのことやろ』西川遥輝と母親のエピソード
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サヨナラホームランの翌年。
西川選手がまだ打率3割を打ったことがない年のことでした。
そのシーズン序盤の西川選手の打率が “.220” ぐらいのときです。
母親の恵美子さんから電話がかかってきて話していて、西川選手の活躍の話になったとき。
「俺がもし3割を一回でも打ったら100万円お小遣いあげる」と母に伝えたのだといいます。
そして、その年に初めての打率3割を達成して年俸が1億円の大台に乗った西川選手。
あとで覚えているか恵美子さんに聞いたところ、「あのことやろ」と返ってきたのだと話していました。
プロ野球では “3年活躍して一人前” という言葉があります。
この年は西川選手がレギュラーとして活躍して3年目のことでした。
『目をドルに変えて』西川遥輝の年俸事情とは
それから2年、順調に活躍を続けて2018年オフの更改では1億6000万だった2017年の年俸よりさらに高評価を勝ち取り、2年総額4億円プラス出来高に。
この評価で大きかったのが、2年連続の盗塁王獲得でした。
それがわかる秘話をあるトークショーで話していたことが。
「あんまりタイトル狙ってはしないんですけど」と盗塁はチームの必要性に応じて走るのだという西川選手。
シーズン終盤にチームの順位が決まった頃、球団の上層部の人から「タイトルを狙え」という話をしてもらったのだそう。
それに対して西川選手は「お給料に反映されますので」と「目をドルに変えて頑張りました」と冗談ぽく話していました。
西川遥輝の性格がわかる『家づくり』
その2年契約が始まる2019年シーズン。
西川選手はある番組で、その目標を『家づくり』に例えていたことがありました。
「しっかりとした土台作りをして、良い家を建てるために」とオフは休みなしで練習に取り組むのだという西川選手。
「地盤選びから入っています」と色々な人からアドバイスをもらっているのだと話していました。
そんな西川選手は、同じことをずっとやっていくのがあまり好きではないのだといいます。
常に新しいことにチャレンジして、もっとできるという可能性を信じていきたいのだそう。
2019年シーズンも一から見直して新しいことをやっていくということを語っていました。
全盛期だった!? 西川遥輝が憧れたメジャーリーグの夢
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新たなことに挑戦するのが好きだという西川選手。
将来はメジャーへ挑戦するということはあるのでしょうか。
先日、小学生時代の西川遥輝選手の卒業文集で書いた作文が放送されていたことがありました。
そこに書かれていたのは、”メジャーリーグの夢”。
冒頭には「僕の夢はプロ野球選手です。」とあるものの、読んでいくと「僕はできればメジャーに行きたいと思っています」とその先の夢まで。
その理由は「メジャーで日本の選手が映っているのを見てかっこいいと思いました」
西川選手は1992年4月生まれ。
これを書いた小学6年生の頃は2004年でした。
2004年といえば、松井秀喜さんがメジャーへ渡ってホームランを30本以上打つ活躍をした年でもあり、イチロー選手がメジャー記録の262本のヒットを打った年。
そして松井稼頭央さんがメジャーデビューを果たした年でもあります。
そんな日本人メジャーリーガーが大活躍をした年だったからこそ刺激を受けていたのかもしれません。
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